生化学研究の多くは,マイクロリットルからミリリットルのスケールで実験が行われています.しかし近年,マイクロ流体デバイスを用いることでより微少量のサンプルで実験を行えるようになってきました.このようなデバイスはフォトリソグラフィー技術を応用して作製されており,デバイスのサイズは正確に制御されています.そのため,マイクロデバイスを用いて酵素1分子の反応を直接観察することが達成されています.更に,タンパク質合成のような複雑な反応についてもマイクロデバイスを用いた研究が行われています.
マイクロデバイスの作製には,ポリジメチルシロキサン(PDMS)という樹脂が用いられます.しかし,PDMSは分子を吸着・吸収する性質があるため,生化学反応などのバイオチップに用いる場合には注意が必要になります.実際,PDMS製マイクロチャンバーの中で無細胞翻訳系を用いてタンパク質合成をしようとすると,その反応が阻害されることが分かりました.これを解決するため,我々は石英ガラスでマイクロチャンバーを作製しました.ガラス基板表面をPDMSの薄膜(1.5 μm)で被覆したものをドライエッチングすることで,下の写真のようにチャンバーの内壁の殆どがガラスで基板表面がPDMS薄膜から成るデバイスを作製しました.PDMS薄膜は,ガラス製チャンバーをカバーガラスで密封する際の接着層として機能します.このチャンバー(240 fL)内での緑色蛍光タンパク質(GFP)を合成したところ,ガラス製チャンバーではPDMS製チャンバーに比べて合成効率が約12倍向上していました.
ガラス製マイクロチャンバーを用いて,DNA 1分子からのタンパク質合成を観察できるのかを調べました.実験では,40 fLのマイクロチャンバーに無細胞翻訳系と平均1分子以下の濃度でDNAを封入し,37℃で2時間反応させた後の蛍光強度を観察しました.その結果,他の1分子計測実験と同様に,各チャンバーで異なる強度の蛍光シグナルが観察されました.この結果を詳細に解析したところ,ガラス製チャンバーでDNA 1分子からのGFP合成を検出することに成功したと結論付けられました.