H27.4.1~H28.9.30の期間,公益財団法人JKAの助成を受けて研究を行いました.
補助事業番号: | 27120 |
補助事業名: | 平成27年度 スポーツへの利用を目的とした使い捨て衝撃計測センサの開発補助事業 |
補助事業者名: | 中央大学 理工学部 精密機械工学科 助教・岡野太治(当時) |
衝撃の有無を簡便に計測可能な加速度センサを開発するため,光造形型3Dプリンタで樹脂製加速度センサを作製しました.このセンサに自由落下による衝撃を与えその応答を調べたところ,スポーツにおいて危険とされる加速度範囲(約50~100G)を検出することに成功しました.また,センサが応答する加速度の閾値は,センサの流路部分に封入するオイルの種類や作動流体の体積などによって自在に制御できる可能性が示されました.
スポーツにおいて頭部への衝撃に起因する脳障害は深刻な問題になっており,安全性を確保するために国内外で様々な対策が議論されています.具体的対策の一つとして,身体に装着する加速度センサの利用が挙げられます.しかし,現在スポーツシーンで使用されているセンサの多くは,高価な上に信号の受信機器や記録媒体などが必要になります.そのため,アマチュアスポーツや学校の部活動のような,一般競技者層への普及は進んでいません.この状況を改善するため,本研究では衝撃の有無を簡便に計測可能な加速度センサを新規に提案し,その動作原理の検証を通して設計指針を得ることを目的としました.
本研究で提案する加速度センサは,ネック部で仕切られた2つの円筒形の区画から成る流路構造を有します(図1a).流路内部をオイルで満たし,一方の区画に水を封入して得られる水滴を作動流体としました.作動流体の直径がネック部よりも大きいと,液滴は一方の区画内に留まり続けます.その反面,センサが閾値以上の衝撃を受けると,作動流体は慣性力によって隣接する区画へ移動すると期待されます(図1b).これを利用し,作動流体の移動の有無を目視で確認することで,任意に設定した閾値以上の加速度(または衝撃)がセンサに加わったことを検出します.
図1 (a) 加速度センサの概略図と,(b) その動作原理.
3次元光造形装置を用いて,図2aに示した寸法の流路構造を有するセンサ筐体を作製しました.流路の内壁表面は,アモルファスフッ素樹脂をコーティングすることで撥水処理を施しました.流路をフルオロカーボンオイル(FC-40またはFC-770; 3M)で満たし,流路区画の一方にシリンジポンプを用いて7 μLまたは3.5 μLの着色した水を注入しました.作製したセンサの写真を図2bに示します.
図2 (a) 流路部分の寸法と,(b) 作製したセンサの写真.
作製したセンサの性能評価は,落下衝撃試験により行いました.作製したセンサを既成の圧電型3軸加速度センサと共にアルミ合金鋼(質量 約600 g)に取り付け,様々な高さから自由落下させることで, 作製したセンサの応答(作動流体の移動)と衝撃加速度との相関を調べました(図3).落下試験では,ガイドパイプ内を落下させることで被落下物が接地する際の傾きを約0.8°以内に制限し,試行間のばらつきを抑えました.
図3 落下衝撃試験の概要.既成センサと試作センサを落下試験体に取り付け,ガイドパイプ内を自由落下させる.
実験では,落下衝撃を加えた後の作動流体の位置を目視で確認し,水滴の全部または一部が隣接する区画に移動したものをセンサが反応したと判断しました.オイルにFC-40(密度 1.87 g/ml)を使用し7 μLの水を注入したセンサを様々な高さから複数個同時に落下させ,応答したセンサの割合を衝撃加速度についてプロットしたところ,図4aに示す結果が得られました.センサが応答する衝撃加速度の閾値を定量的に評価するため,シグモイド関数でフィッティングしその変曲点を調べた結果,91Gが閾値であることが分かりました.また,作動流体の体積を半分(3.5 μL)にしたセンサでは,閾値が70Gに下がることが分かりました(図4b).更に,オイルの粘度がセンサの閾値に与える影響を調べました.FC-40(動粘度 2.2 mm2/s)に比べて粘度が小さいFC-770(動粘度 0.8 mm2/s)を封入したセンサを使って同様の実験を行ったところ,センサの閾値は44Gでした(作動流体の体積は7 μL,図4c).以上の結果から,センサの閾値は作動流体の体積だけでなく,オイルの粘度にも依存していることが明らかになりました.また,別の実験から,流路の形状やオイルと水の比重差,界面張力などもセンサの閾値決定に関わっていることが明らかになりました.
図4 落下衝撃試験の概要.既成センサと試作センサを落下試験体に取り付け,ガイドパイプ内を自由落下させる.
本研究で提案した衝撃計測センサの動作原理の検証を通して,多くの因子が閾値決定に関与していることが分かりました.今後,実験的・理論的検証を行い,閾値の決定に深く関わっている支配的因子を明らかにします.これにより閾値の制御や計測精度の向上が見込まれ,各種スポーツに特化した衝撃計測センサの開発に繋がると期待しています.
本研究では新規な衝撃計測センサのコンセプトを提案し,その動作原理の確認と評価実験を行いました.得られた成果は基礎的なデータが主ですが,実験系の構築や評価法の決定など今後の研究の基盤を確立することができました.
機関名: | 中央大学 理工学部 精密機械工学科 鈴木研究室 |
住 所: | 〒112-8551 東京都文京区春日1-13-27 |
担当者: | 教授・鈴木宏明 助教・岡野太治(当時) |